降る雨、叫ぶ風。
頭が痛い、何のせいだろう。何を思ったから、こうなってしまったのだろう。……何を思ったかなんて、すごく簡単なことだ。
自分の不甲斐なさについて。
どうこういう思いをまとめていけばいいのだろうか? とりあえず、布団にくるまる。鬱屈した感情、東にあった日が南を通って西に沈んでいく。代わりに月が出る。
……本来なら。
今日は荒れている。雲の流れが速い。そして、月はその存在だけを主張して光を感じることができない。
まるで、このどこにも行き所のない思いのようだ。自分がもの凄く臆病になっていく。外界との接触はもの凄く大切なことで、それを無くしてはならない。しかし、今日は一日それすらも絶った。
落ち込んだ気持ちはきっかけが無くては、浮上できない。仕方がないから、音楽を聴く。もの凄く気分が高揚してくるようにと。あのときの気持ちを思い出せるようにと。
ベルリオーズの“葬送と勝利の大行進曲”だ。昇天である。
単調なメロディ。派手なオーケストレーション。徐々に気分を高揚させてはくれる。
色々な物に応用される“繰り返し”と言う手法。
小説であったり、映像であったり、そういう物にとって繰り返しはリフレインはもの凄く気持ちを高揚させていく。
涙は流れない。
思い入れがあるのではなく、そこにあるのは自責の念だからだ。
何もかもが虚しくなって、何もかもがやりたくなくなって、存在自体が希薄になって、どうでも良くなって……。そんな思いを以前したこともある。
仕方がないことだ。
今の自分にそこまでの思いこみはない。何かがあったからといって、この世の全てが終わってしまう訳ではない。可能性の一つが消えただけで、可能性はきっとまだたくさんあるのだ。
……無いと思わない限り。
そう、思うことにする。