人の話を聞くのはさ

今日も今日とて、思ったことを書いてみる。

何があったかな。朝起きる、弁当作る、朝寝する。そんな感じですが、最近は朝暖かくなったし、明るくなるのも早くなったし、春が来るんだな、なんて感じたりしなくもない。

インフルエンザの娘は、もうすでにタミフルのおかげで熱が下がって通常運転に戻っているような気がする。これで、5日も出席停止なんて、ああ、俺も出勤停止になりたい。ま、病気にかからないほうがいいわけで、やっぱ、書いたけれど、前言撤回。

 

仕事はさ、まあ、目まぐるしいこと。とどまることがなく物事は動いていく。そして、2月も終わっていくわけで、そんな中で、会社の事務所でもコロナウイルスが出ました。営業内勤さんだけど、みんなでフォローに回るわけです。フォロー大変。でも、うまく回すためにはとても大切。

 

御恩と奉公ですよ。考え方はね。

 

そんなわけで、年上の部下の話を長々と聞きました。私、こう見えても一応部下がいたりするわけで、でも、上司感がないので、上司と思われていないかもしれませんし、思われたくもない。なんでって、事実上、私は末っ子で、一番下で、別にいろいろなことのイニチアチブを取りたいとは全く思わないわけです。

家庭の事情の話とか、仕事と家庭をどうとるかとか、そんなことを話したり、専門的なことはわからないけれど、自分も精神疾患を患ったことがあったりとかするので、気持ちをくむことができたりとかそんな感じだけど、私は気が短いので、そんな私の思うことは、やっぱり、中途半端が一番道が見えないということ。

何度も壁にぶち当たって、何度も人の気持ちを踏みにじられて、それでもどうにかこうにか生きてきて、それでも、家族がいて、家族のために生きていて、生きていられる。まあ、そんなことでしかなくて、それで何とかやっている。

態度を決めることって、きっとものすごく大事なことなんだろうなって思う。あとは、うまくやっていこうという思いだけでしょうね。

 

あれ、こう書くと私、なかなかに嫌な奴。とはいえ、そんな自分自身に嫌悪感を抱くのメンタルがやられている時だけではある。

ちなみに今日書こうと思ったことは本当は、この間のスナックでママと話をしたくだらない内容を膨らませようと思ったのだけれど、もう時間も深くなってしまったし、そろそろ寝ないといけません。

今日も一日何とかやり過ごせました。人と話をして、人に興味を持ってもらえたり、人の役に立てるような話をするためにはやっぱりいろいろな知識は必要だと思う。だから、本は読まなくてはいけない。活字を何とかしてでも読んで、ほんの少しでも会話の役に立てたりすれば、その言葉は報われるのだと思う。だから、ざるのように漏れ出ていく知識であっても、取り入れていくことって大事なんだと思う。

 

明日も早い、時計を忘れずに左手にはめて、安眠を取ろう。

寝られない? そんなことは最近はない。酒飲んで、気持ちよく寝るのだ。そして、起きて働くのだ。

また、単純にものを考えてしまった。人はもっと複雑なんだろうし、簡単にはこと絵にたどり着かないのだ。